児童虐待を防止するには?|親との向き合い方(論文の参考に)

つぶらな瞳で前を向く1歳児の男の子

児童虐待件数20万5千件

近年、児童虐待をめぐる痛ましい事件が後を絶ちません。

児童相談所が虐待の通告を受け、認知・対応した児童虐待件数は2020年度で20万5千29件に上っています
これは、前年度の19万3千780件を約1万件以上上回る過去最多の件数であり、統計を取り始めた1990年度の1千101件と比べると、200倍の数値となります。

官民挙げての取り組みが急務とされるなか、虐待が急増する背景の一つとして「社会的に孤立し、援助者がいない」状況が指摘されています
さらには、家庭内という密室で起こる〝見えにくい問題〟だけに、発見が遅れてしまい、対策や支援策を講じられないのが現状だといいます。

私たちは、児童虐待の問題といかに向き合い、親子とどのように関わることができるでしょうか。共に支援の道を考えたいと思います。

児童虐待の定義

「児童虐待防止法」2000年に成立

児童虐待の問題が社会的に認識され始めたのは、1990年代に入ってからです。

日本で初めて児童虐待防止を目的とする民間団体「児童虐待防止協会」が大阪で設立されたのは、90年3月のことでした。
翌年には、同協会の事業として「こどもの虐待ホットライン」が開設され、児童虐待の相談や通告を受ける活動がスタートしています。
また東京でも、91年に「子どもの虐待防止センター」が発足、電話相談を受け付けるなどの活動が展開されるようになりました。

こうした取り組みと相まって、児童相談所への虐待通告件数は増加の一途をたどり、特に2000年に「児童虐待防止法」が成立するころから急増したのです。

身体的・性的・心理的虐待、ネグレクト

では、そもそも児童虐待とは何か。
2000年に成立した時点での「児童虐待防止法」では、次のように定義されています。

一.児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
二.児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
三.児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
四.児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

要約すれば、「身体的虐待」「性的虐待」「ネグレクト(養育放棄)」「心理的虐待」の四つに分類されるということです。

「しつけ」と称する暴力は虐待

また、厚生労働省が定める「子ども虐待対応の手引き」には、こう記されています。

「個別事例において虐待であるかどうかの判断は、児童虐待防止法の定義に基づき行われるのは当然であるが、子どもの状況、保護者の状況、生活環境等から総合的に判断するべきである。その際、留意すべきは子どもの側に立って判断すべきであるということである」

つまり、虐待の本質は、加害者の動機・行為の質にあるのではなく、子供が「安全でない」という状況判断にあるということになります。
たとえば、親が「しつけ」と称して暴力を振るっても、子供にとって有害と判断されれば、虐待として扱われることになるのです。

懲戒権に関する民法改正の変遷

親が体罰の権限を有していた時代

虐待への対応を考えるうえで、以前は、ある大きな壁がありました。
その一つが「懲戒権」に関することです。少し歴史をひも解いてみましょう。

懲戒権は親権の一つに数えられるものですが、わが国においては、その親権が強大だといわれてきました(コラム① 親権停止制度の創設)。
事実、親権には懲戒権のほか、教育の権利義務、職業の許可、財産の管理などがあります。

その中で懲戒権は、2011年の民法改正まで、民法822条第一項に次のように規定されていました。

「親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる」

当時「懲戒場」というものは、すでに存在していませんでしたが、明治民法の名残で、その文言が残っていたようです。
懲戒とは、しかる、なぐる、密室に閉じ込めることなどを指していると思われますが、規定には「必要な範囲内で自らその子を懲戒し」とありますので、親権者が子供を懲戒する(体罰を含む)権限を有していたことになります。

2011年の民法改正でその権限を制限

それが2011年の民法改正により、その権限が制限されることになったのです。次のように規定が変更されています。

「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」

民法820条とは、親権者は「子の利益のために」子の監護・教育を行う権利を有し、義務を負うと定めた条項です。
しかし、この規定についても「懲戒」という文言が残っていることから、ややもすると、体罰を正当化する口実になるのではないか、という根強い批判が繰り返し叫ばれ続けてきたのです。

2022年秋以降「懲戒」の文言が消える

それから11年。2022年の秋の臨時国会以降、政府は、この懲戒権を削除するという民法改正案を国会に提出することを予定しています。
法制審議会が取りまとめた要綱案では「懲戒」という文言を排除し、体罰を禁止するという一文を、以下のように明確に記しています。

「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、子の年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」

このように、いかなる理由であれ、体罰をしてはいけないという文言が明記されたのです。

「夫婦間暴力の目撃」も虐待に

ここで、厚生労働省が定める四つの虐待の類型について簡単に説明しておきましょう。

厚生労働省によると、虐待の四分類の中で最も多いのは「心理的虐待」で59・2㌫(12万1千325件)を占めます。
これに次ぐのが「身体的虐待」で24・4㌫(5万33件)、さらに「ネグレクト」15・3㌫(3万1千 420件)、「性的虐待」の1・1㌫(2千251件)と続きます(厚生労働省サイト内「令和3年度全国児童福祉主管課長・児童相談所長会議資料」児童相談所での虐待相談の内容別件数の推移より)(コラム② 性的虐待は発見されにくい)。

この中で、最も多いとされる「心理的虐待」に特に注目してみたいと思います。

改正前の「児童虐待防止法第二条第四号」では、「心理的虐待」は「児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」とだけ定義されていたのですが、2004年の法改正に伴い、夫婦間暴力の目撃もこれに当たると明示されるようになりました。

「子ども虐待対応の手引き」では、その具体的内容が以下のように整理されています。

「ことばによる脅かし、脅迫など。子どもを無視したり、拒否的な態度を示すことなど。子どもの自尊心を傷つけるような言動など。他のきょうだいとは著しく差別的な扱いをする。子どもの面前で配偶者やその他の家族などに対し暴力をふるう」など。

こうした改正の動きは、DVに対する社会的関心が高まる中で、共に生活する子供にも注目すべきとの認識が浸透してきたことの表れでありましょう。
夫婦間に激しい暴力があり、その状態を日常的に目撃している子供は、事実、強い心理的外傷を受けてしまいます。
この点を踏まえ、これが児童虐待の項目に加わったのです。

なぜ虐待は起こるのか

社会的に孤立し 援助者がいない

そうした児童虐待の問題解決に向けて、次に「なぜ虐待が起きるのか」について整理したいと思います。

なぜ虐待は起こるのか。
「子ども虐待対応の手引き」では、以下の四つの要素を挙げています。

(1)多くの親は子ども時代に大人から愛情を受けていなかったこと
(2)生活にストレス(経済不安や夫婦不和や育児負担など〉が積み重なって危機的状況にあること
(3)社会的に孤立化し、援助者がいないこと
(4)親にとって意に沿わない子(望まぬ妊娠・愛着形成阻害・育てにくい子など)であること

京都大学卒業後、長年にわたって児童相談所に勤めてきた川崎二三彦氏(子どもの虹情報研修センター長)は、著書『児童虐待――現場からの提言』(岩波新書)の中で「児童虐待の要素は、『社会的に孤立化し、援助者がいないこと』」にあるとして、「何らかの事情でこうした(人との)かかわりを拒否してしまうと、いとも簡単にコミュニケーションが途絶えてしまうのが、現代社会の特徴である。従来の地域共同体が崩壊し、プライバシーを尊重することが是とされる社会では、良くも悪くもお節介がしにくいため、ごくごく当たり前のような情報さえも、彼ら家族には届かない」と指摘しています。

つまり「社会から切り離されてしまうと、さまざまな悪影響が生じるのはやむを得ない」と川﨑氏は言っているのです。
さらに「現代社会は、孤立化を進行させる要因が多い」として、児童虐待は「そうして孤立してしまった家族における最も否定的な現象ではないか」と述べています。

経済的困難がストレスに

また、川崎氏によれば「経済的困難もストレスの大きな要因」(コラム③ 7人に1人が就学援助制度を利用)だといいます。

「生活保護の被保護世帯数は近年増加の一途を辿っており、貧困層が広がっている。家庭の経済的な土台が揺らげば、そこで暮らす子どもたちにとってもさまざまな影響が現れる。子どものことに手が回らなくなればネグレクト状態も出現するし、食べることさえままならない状況に追いやられた幼な子が万引きし、親から暴力をふるわれるという例、あるいは親自身が窃盗をはたらいたり、ストレスを解消するため覚醒剤に手を染める、ひどい場合は親が子どもに万引きをさせるような例さえあった。これも明らかに不適切な養育、児童虐待といえるだろう」としています。

こうした状況下で、虐待が誘発されているのです。

出口の見えないトンネルの中で

ところで、虐待者のうち6割近くを占めるのは実母だといいます。

国立社会保障・人口問題研究所が2018年に全国約6千142人の既婚女性を対象に行った全国家庭動向調査では、「1日の平均家事時間は、妻が平日263分(5年前に比べ 17分減)、休日284分(同14分減)であるのに対し、夫は平日37分(同6分増)、休日66分(同7分増)」という結果が示されました。

父親がなかなか育児に参加できず、子供と接する時間そのものが限られている実態が分かります。

父親は、虐待してしまいそうな場面に遭遇する機会が少なく、その分、子育てを一身に任されている母親に精神的負担がかかっている、という見方もできるのかもしれません。

これに関連して、臨床心理・教育学者であった庄司順一氏は「就労している母親は仕事と家事と子育てのほとんどを担うことが少なくない。このような場合、夫への怒りが子どもに向けられるということもあるだろう。他方、いわゆる専業主婦では、子育てに専念できると思われがちであるが、『出口のみえないトンネルの中にいる』と表現されるように、孤独な中での育児となりがちである。(中略)虐待をしているのではないか、虐待をしてしまうのではないかと悩む母親(虐待予備軍)の場合、この孤立感によるところが大きいといえる。(中略)孤立し、いわば密室となった家庭では、暴力の発生が周囲にわかりにくく、虐待の発見を遅らせる。また、孤立は、困難をかかえた家庭が援助を求めるのもむずかしくし、結果として家庭にストレスをもたらすことにもなる」(『子ども虐待 新版』 高橋重宏編 有斐閣)と、母親の孤立化に警鐘を鳴らしています。

いかに親と向き合うか

虐待は密室空間で生じている

そもそも児童虐待の大部分は家庭内で、つまりプライバシーが最も尊重されるべき密室空間で生じています。
そして、保護者はもちろん、被害を受けた当の児童も、虐待の事実を打ち明ける例は少ないのが現実です。発見すること自体が非常に難しいというのが児童虐待の本質的特徴なのです。

援助が必要な人ほど「拒む」現実

また、川崎氏によれば「援助を必要としているからといって、その人が必ずしも素直に援助を求めるとは限らない。むしろ、最も強く援助を必要とする人が、最も強く援助を拒絶するということも決して珍しいことではない」といいます。ここに、この問題の難しさがあるのです。

川崎氏は「虐待が起こる要因は決して単純ではなく、単に親を責めるだけでは到底解決には至らない。児童虐待の加害者となってしまう保護者は、これ以上ないというほどの苦しみ、困難を味わわされ、また人権侵害の被害者の側に立たされてきたのであり、その果てに到達したのが、児童虐待という結果なのである。だとしたら保護者自身が、まずは積極的、物理的に、また社会的に十分な援助を与えられなければならない」とし、「児童虐待の問題は単に関係者、関係機関、あるいは専門家等に任せるだけでは決して解決するものではないということだ。児童虐待を生み出したのがわが国の社会だとしたら、それを克服するにも社会全体で取り組む、つまり私たち一人ひとりがこの問題と真剣に向きあい、考える必要があるのではないか」と、孤立化した親に寄り添い、支援していくことの重要性を訴えています(コラム④ 里親家庭への委託も視野に)。

子育ての喜びを語り合おう

「子ども虐待対応の手引き」には、「子ども虐待問題を発生予防の観点で捉えることの重要性」という箇所で、次のように指摘しています。

「特に最近は、少子化や核家族化あるいはコミュニティーの崩壊に経済不況等の世相が加わっての生きづらさの現れとして児童虐待が語られており、特別な家族の問題という認識で取り組むのではなく、どの家庭にも起こりうるものとして捉えられるようになっている。保健・医療・福祉等の関係者は、このような認識に立ち、子どもを持つ全ての親を念頭に入れて、子ども虐待防止の取り組みを進めていく必要がある」

川崎氏は「子どもを産み育てるということは、親にとって本来最も大きな喜びなのであり、子どもを育てることで親も成長し、生きがいを感じ、生活にも張りが出てくるというものであろう。ところが現在の社会では、そんな当たり前のことが忘れられ、子育てはたいへん、子育てはストレス、子育ては負担、子育てに束縛される、といった言説があふれ、現実もまたそれに近い実態があるような気がしてならない。だから、児童虐待の問題がクローズアップされている今こそ、子育ての喜びを語り、『子育てをすることによって、自分の人生も豊かになりますよ』といったメッセージを発信し、子育てをしっかり応援することが重要ではないか」と、子育てを支援する場を設けることの重要性を強調しています。この点は非常に興味深いところでしょう。

私たちは、今日の児童虐待の問題をどう受けとめ、その解決に向けてどのような関わり方ができるのでしょうか。
その支援のあり方を、皆さんとともに、考えていきたいと思います。

みはまクラブでは随時、子育てに関する相談も受け付けています。
相談は無料。親身に悩みに寄り添って、より豊かな生活を送るための応援をさせていただきます。

お問い合わせフォームから、ご連絡ください。
当クラブの各種教室にご興味があられる方は、その旨もご記入願います。

【コラム①】親権停止制度の創設

民法は、未成年の子の親権は父母にあると定めています。
しかし、虐待を受けた子供が児童養護施設などに保護された場合、親が親権を理由に引き取りを主張するケースが多いといいます。

親権をめぐっては、家庭裁判所が最長2年間、親権停止を宣言できる親権停止制度があります。
2011年の法改正により創設されたこの制度は、虐待する親の親権を一時停止させ、親から子供を一時的に引き離すことで、子供の心身の安全を図ると同時に、親の態度が改善されたと判断した後に、親権を回復させるというものです。

これにより、病気の子供に必要な治療を受けさせずに放置する「医療ネグレクト」のケースでも、親権を一時停止させることで、柔軟に対応することが可能になりました。

【コラム②】性的虐待は発見されにくい

性的虐待は他の虐待と比べて、発見そのものが大変難しいとされます。

事実、ある調査では、性的虐待が始まってから発見されるまでに平均2年を要し、なおかつ発見のきっかけは、他の虐待のように誰かが通告するというのではなく、過半数は被害に遭っている子供自身が打ち明けて初めて分かるという結果も出ています(岡本正子、渡辺治子、前川桜ほか「実態調査からみる児童期性的虐待の現状と課題」『子どもの虐待とネグレクト』第6巻2号参照)。

こうした事情も手伝ってか、日本では、性的虐待の比率は虐待通告全体の約1㌫程度に留まっています。

【コラム③】7人に1人が就学援助制度を利用

経済的理由により、就学が困難な小中学生のいる家庭に学用品や教育費を支給する就学援助制度の利用者は、2019年度時点では132万4千739千人となっています。
7人に1人の児童生徒がこの制度を受けているとことになります。

【コラム④】里親家庭への委託も視野に

仮に、適切に子供を保護することができたとしても、それで児童虐待が解決したわけではありません。

全国児童相談研究会の「児童虐待防止見直しに関する私たちの見解」には、こう記されています。

「児童虐待の解決は、子どもを保護し救出しさえすればよいというものではありません。子どもは、保護されたとしても慣れ親しんだ家庭や地域から離れて不慣れな生活を強いられ、行く末を案じ、不安を感じています。保護されたからといって虐待関係が終わるわけではなく、むしろ保護されていること自体が未だに虐待関係の中におかれていることの証なのであって、そのまま放置することは、子どもの期待を裏切ることになってしまいます」

児童虐待の解決は、あくまでも保護者が児童虐待をやめ、良好な親子関係を修復することができて初めて達成したといえるのです。

この点について、川崎氏は「児童虐待のために親子分離が必要となったとき、受け入れ先は必ずしも児童福祉施設ばかりではない。(中略)里親家庭への委託というのも重要な援助方針である。児童相談所には保護者を指導に従わせる権限は何もない。そうしたなかで、子どもの安全確保を第一にし、なおかつ面会、外出、外泊などにも取り組み、親子の再統合を目指さなければならないのである。法律を注意深く読めば、児童が良好な家庭的環境で生活するために、『親子の再統合への配慮その他の(中略)必要な配慮』が求められると書かれており、すべてを元の家族に戻すのではなく、状況に応じて里親への委託なども含めた援助が求められる」としています。

虹と音譜が可愛いイラスト

子育て中の母親に
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